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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和60年(ネ)194号 判決

控訴人

国民金融公庫

右代表者総裁

吉本宏

右訴訟代理人・代理人

池野幸雄

右訴訟代理人弁護士

田中幹則

智口成市

被控訴人

川崎敬介

右訴訟代理人弁護士

市川昭八郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人(請求原因)

1  被控訴人は昭和五八年六月二三日第一審被告小谷内金次(以下「第一審被告小谷内」という。)から同被告所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を左記の約定で買受けた。

(一) 売買代金 一三五〇万円

(二) 所有権移転時期 昭和五八年八月二二日

(三) 第一審被告小谷内は同日までに同額で買戻すことができる。

そして被控訴人は本件不動産について金沢地方法務局野々市出張所同年六月二四日受付第四八六三号所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した。しかし昭和五八年八月二二日を経過したので被控訴人は、同日本件不動産の所有権を取得した。

2  控訴人は昭和五八年七月二二日金沢簡易裁判所から本件不動産に対する仮差押命令を得て、本件不動産について金沢地方法務局野々市出張所同月二三日受付第五七七二号仮差押登記を経由した。

3  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人が本件仮登記の本登記手続をすることの承諾を求める。

二  控訴人(請求原因に対する認否)

1  請求原因1のうち第一審被告小谷内が本件不動産を所有していること、被控訴人が本件不動産について本件仮登記を経由していることは認め、その余の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

三  控訴人(抗弁)

1  仮登記しかなされていない担保契約については仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)が適用ないしは準用されると解されるところ、本件契約は被控訴人の第一審被告小谷内に対する約一〇〇〇万円の貸金債権担保のため締結されたもので、仮登記しかなされておらず、本件不動産の所有権移転時期は第一審被告小谷内の債務不履行時すなわち昭和五八年八月二二日と定められていたから、本件契約は実質的には仮登記しかなされていない担保契約とみるべきもので仮登記担保法の適用がある。

従つて被控訴人が本件不動産の所有権を取得するには仮登記担保法二条、五条の手続をふまなければならないところ、被控訴人は右手続を履践していないから、被控訴人は本件不動産の所有権の取得を控訴人に対抗できない。

2  また仮登記担保法一五条一項によれば、清算金の支払の債務の弁済前(清算金がないときは清算期間の経過前)に担保仮登記がされている土地又は建物につき強制競売等の申立てがあり、その開始決定があつた場合は、担保仮登記の権利者は、その仮登記に基づく本登記の請求をすることができない。

控訴人は第一審被告小谷内に対し二二五万円の連帯保証債権及びこれに対する昭和五八年一一月一五日から支払済みまで年一四・五パーセント(一年に満たない端数期間については一日〇・〇四パーセント)の割合による遅延損害金債権を有し、その支払を命ずる確定判決を得ているところ、請求原因2記載の仮差押命令、仮差押登記を経由している。そして控訴人は被控訴人が第一審被告小谷内に対し清算金を支払う前である昭和六一年三月二〇日金沢地方裁判所に対し、本件不動産につき前記確定判決に基づき、前記仮差押手続の本執行としての不動産強制競売の申立(同裁判所昭和六一年(ヌ)第一九号事件)をし、同日同裁判所は競売開始決定をしたから、被控訴人は第一審被告小谷内に対し本登記請求ができず、従つて控訴人に対し、その承諾請求もできない。

3  仮に本件売買契約が仮登記担保契約に該当しないとしても仮登記担保法一五条を準用すべきである。その理由は同条は、後順位の担保権者や一般債権者の申立による強制競売等の手続と担保仮登記に基づく本登記手続とが競合する場合の優先関係について、強制競売等の申立と清算金債務の弁済との前後関係によつて、その合理的調整を図るため設けられたものであり、本件においても同じく右二つの手続が競合する場合いずれが優先するか決する必要があり、同条が合理性を有するからである。

4  更に、被控訴人は未だ第一審被告小谷内に対し売買代金一三五〇万円を完済しておらず(約一〇〇〇万円を支払つたのみと認められる)、又本件売買契約は被控訴人の第一審被告小谷内に対する約一〇〇〇万円の貸金債権の担保のため締結されたものであり、被控訴人は第一審被告小谷内に対し、所有権取得による清算金の支払義務を負う。

右第一審被告小谷内の被控訴人に対する本件不動産についての所有権移転の本登記義務と、被控訴人の第一審被告小谷内に対する右売買代金の残金支払義務及び清算金支払義務とは同時履行の関係に立つところ、控訴人の右本登記の承諾義務は第一審被告小谷内の本登記義務を前提とするものであり、控訴人は被控訴人に対し、第一審被告小谷内の右抗弁権と同様の抗弁権を有する。

よつて控訴人は被控訴人に対し、右売買代金の残金及び清算金(前記2の金員に満つるまで)の支払を受けるまで、本件不動産に関し、被控訴人の本件仮登記の本登記手続をするにつき承諾することを拒絶する。

四  被控訴人(抗弁に対する認否)

1  抗弁1の主張は争う。

仮登記担保法は債務不履行があるときに所有権を移転することを目的としてなされた契約を対象とするものであり、譲渡担保や買戻特約付売買契約というものはそもそも右法律の対象外であるところ、本件売買契約は買戻特約付売買契約であり、右法律の適用はないし、特定の条文につき準用されることもない。

2  同2の事実中控訴人が強制競売の申立をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

3  同3及び4の主張は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一第一審被告小谷内が本件不動産を所有していること、被控訴人が本件不動産について本件仮登記を経由していることは当事者間に争いがなく、右争いがない事実に〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められ、原審証人峯本正一の証言、第一審被告小谷内の供述中この認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

1  第一審被告小谷内は昭和五八年六月ごろ、丸池不動産の池田文雄に対し約三〇〇万円の債務を、石川県庶民生活協同組合(以下「庶民生協」という。)に対し約七五〇万円の債務を負担し、その担保のため、本件不動産に庶民生協に対しては同年一月八日受付で条件付所有権移転仮登記、七五〇万円の抵当権設定登記、停止条件付賃借権設定仮登記を、池田文雄に対しては昭和五七年一二月二七日受付で八三〇万円の抵当権設定登記、昭和五八年一月二五日受付で三〇〇万円の根抵当権設定登記、同年三月二六日受付で譲渡担保を原因として所有権移転登記をそれぞれ経由していたところ、庶民生協より債務の支払をするように催促されたことから、銀行融資を受けてこれらの債務を弁済しようとしたが、前記の登記があるため銀行融資をことわられた。

2  そこで第一審被告小谷内は同年六月二三日庶民生協の森山守の紹介で金融業をしている被控訴人から前記債務の弁済資金一一〇〇万円を左記約定で借り入れた。第一審被告小谷内は被控訴人から二ケ月程度の短期間で弁済資金を借り受け、池田文雄や庶民生協に対し借入金を弁済し同人らの抵当権等を消滅させたうえ、本件不動産の所有権者として、同不動産に抵当権を設定し正規金融機関から資金を借入れ、同資金をもつて被控訴人からの借入金を返済し、もつて旧債務整理と借替えを行おうとしたものであり、被控訴人はこれらの事情を第一審被告小谷内から打明けられ、右計画に協力する趣旨で右融資申込みに応じたものである。

(一)  弁済期 昭和五八年八月二二日

(二)  利 息 二ケ月で一二〇万円

(三)  返済額 一三五〇万円(元本と(二)の利息に登記手続費用等を付加した金額)

その際被控訴人と第一審被告小谷内は右貸金債権を担保するため、買戻特約付売買名下に本件不動産につき左記契約をした。

(一)  売買代金 一一〇〇万円

(二)  第一審被告小谷内が前記貸金の弁済期である昭和五八年八月二二日までに被控訴人に対し貸金の弁済として一三五〇万円を支払わない時は本件不動産の所有権は被控訴人に移転する。その際被控訴人の第一審被告小谷内に対する一一〇〇万円の貸金返還請求権と第一審被告小谷内の被控訴人に対する売買代金請求権は当然に相殺され右各債務は消滅する。

(三)  第一審被告小谷内が昭和五八年八月二二日までに被控訴人に対し前記貸金の弁済として一三五〇万円を支払つた時は、右金員の支払を以て本件不動産所有権の移転を阻止することができる。

3  第一審被告小谷内は昭和五八年六月二三日被控訴人から借り入れた資金で庶民生協に七五〇万円、池田文雄に約三〇〇万円の債務の弁済をして、翌二四日本件不動産についての庶民生協及び池田文雄の前記抵当権設定登記、譲渡担保を原因とする所有権移転登記等の抹消を受けたうえ、本件仮登記が経由された。被控訴人が本件仮登記を経由したのは、本件貸金の弁済期が一ケ月後と短期間であり、その間第一審被告小谷内に所有権を留保しておく趣旨であつたためである。

4  第一審被告小谷内は昭和五八年八月二二日被控訴人に対し約定通り債務を弁済することができなかつた。

なお前記甲第三号証の一、乙第一号証(いずれも本件の売買契約書である)には売買代金が一三五〇万円である旨の記載があるが、前記峯本正一の証言、前記第一審被告小谷内本人尋問の結果(いずれも前記採用しない部分を除く)によれば、右売買代金額は第一審被告小谷内が取戻す際の代金額の意味であり被控訴人は前記認定のとおり一一〇〇万円を第一審被告小谷内に貸付けただけで、それ以外に売買代金として一切支出していないし、追加支払を行う約定の存在を認めさせる証拠もないから、右書証の記載にかかわらず売買代金額は一一〇〇万円と認めるのが相当である。

二右認定事実に基づき本件売買契約が仮登記担保契約に該当するかどうか判断する。

仮登記担保契約と認められるためには、第一に当該契約が「金銭債務」を担保するものであること、第二に「担保」の目的をもつてされたこと、第三に債務不履行があるときは債権者に債務者又は第三者に属する所有権その他の権利の移転等をすることを目的としてされた契約であること、第四にその契約による権利について仮登記又は仮登録のできるものであること、以上の四つの要件を充たす必要があるところ(仮登記担保法一条)、前記一23認定の事実によれば、本件契約は被控訴人が昭和五八年六月二三日第一審被告小谷内に対し、金一一〇〇万円を貸付ける際、その返済を担保するため、第一審被告小谷内が弁済期である同年八月二二日までに右貸金の弁済として一三五〇万円を支払わないときは被控訴人が本件不動産の所有権の移転を受けること、及び同日までにその支払をすれば被控訴人に対する所有権移転を阻止することができる旨を内容とする契約であつて、昭和五八年八月二二日までに借入金債務を弁済しないことを停止条件とする売買契約であつたと認めるのが相当である。被控訴人は、本件契約は買戻特約付の売買契約であり、契約時の昭和五八年六月二二日に本件不動産の所有権は被控訴人に移転してしまつていた、或いは第一審被告小谷内の債務弁済とは関係なく同年八月二二日を期限として所有権が移転することが確定していたかの如き主張をするが、第一審被告小谷内としては前認定のとおり、被控訴人からは旧債借替えのための短期借用の意思しかなく、従つて被控訴人から本件金員を借入れた時点では、第一審被告小谷内は、即時にも始期付にも本件不動産の所有権を被控訴人に移転する意思なく、せいぜい銀行借入れが不能に帰し借替えを断念せざるを得ない事態になつた状況下で始めて本件不動産の所有権を被控訴人に移転する旨の停止条件付売買契約の意思しか有していなかつたと認めるのが相当であるから、被控訴人の右主張は採用できない。すると本件契約は買戻特約付売買契約名下に締結されているが、その実態は買戻特約付ではなく、債務不履行を停止条件とする売買契約であり、前記の四つの要件を充たすことが明らかであるから仮登記担保契約に該当するものと解される。

もつとも、本件仮登記は登記原因を「昭和五八年六月二三日売買」、登記の目的を「所有権移転仮登記」として記載され、その形式からみる限り不動産登記法二条一号に基づくものであつて、一般に担保仮登記でないとの推定も可能であるが、本件証拠によれば、実質上の登記原因は停止条件付売買契約と認められるから、右登記の形式は本件売買契約を仮登記担保契約と判断する妨げとなるものではない。

三請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

四抗弁1について

本件売買契約が仮登記担保契約に該当することは前記のとおりであり、仮登記担保法二条一項によれば、債権者はその契約において所有権を移転するものとされている日以後に契約の相手方である債務者又は第三者に対し清算期間が経過する時における清算金の見積額(もし清算金がないと認めるときはその旨)を通知することを要し、その通知が債務者等に到達した日から二ケ月経過しなければ所有権移転の効力が生じないものとされている。

又同法五条二項によれば、債権者は二条の規定による通知が債務者等に到達した時から遅滞なく担保仮登記に基づく本登記につき登記上利害関係を有する第三者に対し、二条一項の通知をしたこと及び右通知した事項を通知しなければならないものとされている。

そして、前記認定事実によると、控訴人は本件仮登記後に仮差押登記を経由しており、同法五条二項にいわゆる担保仮登記に基づく本登記につき登記上利害関係を有する第三者に該るものと認められるところ、被控訴人が同法二条、五条の手続を履践したことの主張・立証がないから、被控訴人は本件仮登記担保の実行に際し、適法な手続を履践していないものであり、右担保権の実行によつて本件不動産につき所有権を取得したとすることはできない(少なくとも所有権の取得をもつて控訴人に対抗することはできない)というべきである。

五結論

そうすると、その余の抗弁について判断するまでもなく、控訴人は被控訴人が本件不動産につき仮登記に基づく本登記手続をするにつき承諾すべき義務はない。

以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する請求を認容した原判決は相当でないのでこれを取消し、被控訴人の右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井上孝一 裁判官紙浦健二 裁判官大工 強)

別紙物件目録

一、金沢市額乙丸町ニ一四〇番

宅地 一九一・七七平方メートル

二、金沢市額乙丸町ニ一四〇番地

家屋番号 一四〇番

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 九二・一五平方メートル

二階 二八・八七平方メートル

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